『コミュニティ 安全と自由の戦場』まだ見えないコミュニティ

振り返ってみると僕はクラブらしいクラブに入ったことがない。
高校時代に部員2名の文芸部にはいっていたのだが、
中学のときにはいっていた落語研究会は相撲場風景も未完成のまま途中で逃げ出したし、
大学では美術部に入ったが、これも嘔吐している男の油絵を一枚かいたきり、
ギター音楽と麻雀の部室に行くのも気恥ずかしいような始末だった。
もちろんスポーツなどはしたことがない。
このクラブ談義というのは親密さが増してきたころにふと出てくるような話題なのだが、
自らの青春の不毛さを暴露しているようで好んでは口にしない。


クラブといってコミュニティを連想するのだが、
例えば学校というコミュニティ、家族というコミュニティ、
あらゆるコミュニティに馴染めなかったのだが、
それゆえにコミュニティというものに対する憧憬は強く、
理想のコミュニティを求めてきたのかもしれない。
その僕の思いは半生の不具という羞恥心ゆえだろうか、
あまりにも脆弱なものだった。


僕が求めていたのはなんだろう?
一時的に生まれるイベント的なコミュニティではない。

このきずなは、もろく、はかないものである。
希望次第で断ち切れることが、あらかじめ了解され合意されている

そのきずなは「結果に責任を負わないきずな」であり、

人間のきずなが本当に大事になるとき、
すなわち人間のきずなによって個人の資力や能力の不足を
埋め合わせる必要が生じるときには、雲散霧消する傾向がある。

「祭りのきずな」や
「祭りのコミュニティ」に
僕たちは何を求めているのだろうか?


イデオロギーの終焉というイデオロギー」という時代。

現代の知識層には、人間は本来どのような境遇にあるのが
望ましいのかということについて、何ら語るべきことがないということである。

どうするべきかということはなく、
どうしてもいい、どうすることも自由
これは何なのだろうか?

権力や支配の新しい戦略としての、撤退である。
いまひとつは、規範による統制に今日代わるものとしての過剰である。

情報や物資の過剰を与えられ、
我関せず好き勝手にやればいいじゃないかという、
その結果生まれたものが「祭りのコミュニティ」なんだろうか。


その結果生まれたものが僕たちの不安なのではないか。
「流動的で予測できない世界で、競争的で、特有の不確実性をもつ世界」
その世界の中で、自分一人の救済策を探そうとする。
しかし、この方策は不安を消すことはない。
なぜ不安が生まれるのかという
「不安の根源には手をつけずにおく」からである。

名付けることができない脅威についてあれこれ悩むことは難しい
(とどのつまりは恥ずべきことだ)し、それと戦うとなれば、なおさらである。
不安の根源は覆い隠されており、街の新聞雑誌販売店で売られている地図には載っていない。
したがって、正確な位置を示すことも、弾を打ち込んでみることもできない。
しかし、危険の原因、つまり人の口の端に上るような風変わりなものや、
わたしたちの見慣れた街路に入ってくる招かれざる風変わりな人々は、
その存在がありありと目に見えているのである。
それらはすべて、いわば手の届くところにあり、わたしたちが、それらを
押し返すことも「毒を抜く」ことも意のままにできる、と思うのももっともである。

人が口にするものは目に見える脅威、恐怖のこと。
ワイドショーやニュースで流された今日の強盗、今日の殺人、今日の通り魔か。
目につきやすい問題に目くじらを立て、排除の論理を持ち込む。
問題の根源からはどんどん遠ざかっていく。


著者のジグムント・バウマンは目指すべきコミュニティについて、このようにまとめている。

権利上の個人の運命を事実上の個人の能力に作り替えるのに必要な資源の平等化と、
個人的な無力や不幸に対する集団的な保証の構築の二つである。

今の時代の格差社会といった話にぴったりじゃないか。
ただ、これは格差の下のための話ではない。
格差の上は果たして十分な安心を何かから得ているのだろうか?


都市から過剰、過多な多様性を取り除き、
十分に同化したり安心したりできるようにする一方で、
個人の十分な多様性を無傷で残すといった二つの相反する願望、
そんなコミュニティは実現するのだろうか?