Into the home 故郷へ 1

わたくしはずいぶんすばやく汽車からおりた
そのために雲がぎらっとひかったくらいだ
  『小岩井農場宮沢賢治

「絶対よろこばはるわ。そうし。電話したげ。
今日なんか、もうとまるとこあらへんで。
そうし。よろこばはるから」
「ええ、そうですねえ」
言葉をにごしながらも、
電話するきはなかった。


11月も終わりの夕闇時、
紅葉を目当てにおとずれた観光客の
日中の喧騒は潮が引くようにおさまり、
葉々のいろどりも失われつつある時間に、
墓に向かう人間は僕だけのようだった。


京都に帰ることを予定していたのは、
8月からだった。
予定していたが特に予定があったわけではない。
11月に京都に行くのだということは決めていた。
なんのため?
なんのためだろうか。
それはいってみればわかるだろう。


阿佐ヶ谷ラピュタで『江戸川乱歩の陰獣』をみて、
昼過ぎの新幹線に乗った。

ついたころはもう日暮れがせまっていた。
こんなに日没がはやいと思っていなかった、
自分の無計画さにはあきれたのだが、
改善修正する予定はいまのところない。
宇治駅で降りて花が売っていないか商店街通りを歩きながらさがす。

スーパーに立ち寄った。
2本しかはいってないのに300円以上する。
せこい話なのだが、お墓は二つある。
悩んだあげく二組だけを買った。
黄色の花と白い菊。
それを一輪挿しのようにわけてそれぞれの墓に一本ずつさす心づもりだ。


平等院の前でやっとタクシーをつかまえた。
やっとといってもまあ7,8分歩いたにすぎないのだが。
紅葉のシーズン、三連休をむかえて、
ホテルはどこも予約なしではとまれない、
京都に親戚があるならば、電話して泊めてもらいなさいと運転手は言うのだが、
あてがないことをもうすこしあじわいたかった僕は、
彼のアドバイスに半分以上は耳を貸していなかったのだが、
その一方で彼の言葉を拒絶することなく、
なんとなくぼやかしながらごまかして
ちょっとした余韻やら思い出やらを残して
さよならすることを望んでいた。


南宇治霊園。
墓についてみたら、
うすぼんやり見える、そんな程度まで日暮れてしまっていた。

お花にろうそく、線香、ひしゃく。
手をあわせてまずは近況報告、感謝の言葉でしゃんしゃん。
ひととおりのことを終えるとノートをとりだして、
家紋をスケッチした。
いや、どうだなかなかうまいものだ。
家紋をスケッチし終えると、絵心が頭をもたげだし、
墓のまわりの木立、コンクリートと鉄柵でかこまれた眼前の台形までも
紙にとどめたくなってきた。

「お客さーん、お客さーん… お客さーーーん」
「はい、なんでしょう?」
「ああ、大丈夫なんやね。いや、遅いからなにしたはるんやろおもてね」
待たせていた彼のことはすっかり忘れていた。