カフェドゥワゾー

僕はときどきひとりで中杉通りにあるこの店に行く。
はじめてはいったときは店の看板だけをみてなんとなくはいったのだが、
それからほかの店では珈琲を飲もうというきもちになれない。
いや正確には節操なく飲んでいるのだが、この店のようにはどきどきしないというのがほんとのところだ。


今回はウォッシュドモカを飲んだ。
僕はそれほどの珈琲通というわけではないどころか、
あまり珈琲を飲まない部類にはいるだろう。
だからウォッシュドモカといっても、
ウォッシュされているのか、されていないのかなどさっぱりわからない。
味の違いなどは同時に飲み比べたらわかるのかもしれないが、
以前飲んだ珈琲の味は舌の記憶から消え去っている。
それでもこの店には行きたくなる。


銅のポットはいつも沸騰しない程度の弱い火にかけられ、
布のフィルターで丁寧に濾された珈琲は、
胃やのどに刺激やえぐみといったものを感じさせない。
その感覚は次にいくときまで間違いなく覚えている。


奥にはガラス張りの焙煎室がある。
壁にはこのまえはなかった銅版画、おそらくメゾチントがかけられ、
その手前にはいつも空間を演出する季節の花が美しく飾られている。


昨日、小林秀雄のような店主は、
珈琲豆を漏斗からガラス瓶へ、ガラス瓶から漏斗へ、
それを何度も何度もくりかえしていた。
豆の角をとったりする意味があるのだろうか?
何の目的があるのだろう。
聞いてみようかとも思ったのだが、
それもまぬけなようにも思えたので、
次にくるときまでに一冊くらい珈琲の本でも読もうと思う。
正確にいうと最近買った珈琲の本があったなということがそのとき頭をよぎったのだ。
これでまた次にこの店にくる楽しみができたということである。