大阪一泊せず

オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。
「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたまた昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」
 だからオレは夜長姫を見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることができなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。
『夜長姫と耳男』坂口安吾より

話していて、視線を合わせない人と、じっと見てくる人がいると思うけども、僕はどちらかというと合わせない人だったと思う。

それでも、最近ときどき意識して相手を見ることがある。
もちろん、美しい人であれば見つめたいのは当然なのだが。
そうでない場合でもである。

昨日は大阪に一人で行って、佐藤社長と日航プリンセスホテルのティーラウンジで話をして、作一という和食屋で食事をしながら話をした。

以前は佐藤社長になにやら気圧されて、じっと佐藤社長のことを見ることはできなかった。でもこの前といい今回の大阪といい佐藤社長は何やら自信なさげで、煙に巻こうとしてもそれ今煙を撒きましたよね?とすぐに気づく。お世辞や社交辞令を言われても心に響かない。
いま、金銭的にも、アイデア的にも本当に僕ら頼みなんだというのはよく伝わってきた。

社長は風邪をひいたといって早々と20時で解散。そのあと一旦ホテルに戻ったのだが、退屈で仕方がないので、今ならまだ間に合うかとホテルをチェックアウトして、新大阪へ。
最終は9:20でギリギリアウト。仕方がないので大阪駅に戻って高速バスで帰ってきたんですが、満席で最終バスまで空きがなく大阪駅で2時間ボーッと待つ羽目に。
2時間もほろ酔いで、一人でビール飲んで本を読んで、待ち行く人や歓談する人を眺め、そのあと9時間かけてバスで帰り、狭い椅子に苦しみながらも久々に貧乏旅行気分を満喫できました。