「好き」を核にして「「個」として強く生きること」を目指すため

昨日の巧く生きるということとちょっと関連して、WEB進化論の梅田さんのブログから

誰しも「何かの専門性」を持っているはずだ。それが「好き」に関連して経済的意味を持つものであればベストだが。人は誰しも一つだけの「好き」に没頭しているわけではないから、複数の「好き」を組み合わせたスキルもあるだろう。そういうものを「何かの専門性」と呼ぼう。
「好きを貫く」と「飯を食う」の接点をしつこくしつこく追い続け「営業力」を持って収入源を分散させるこちらの生き方のほうが絶対に変化に強く、したたかにしなやかに「好きを貫く」ことができる

「好き」の核になるような「What」のニッチの周囲で、自分の個性、「向き不向き」の要素も勘案し、「自分に向いた生き方」(嫌なことはできるだけせず)をしながら「飯が食える」状態が、生涯全体の中でできるだけ長いといい。どんな生き方を選んだってけっこう大変だ。その中で、これはそんなに無理なイメージではないと思いたいし、ウェブ進化はそういう生き方に対して追い風だと思うのだ。


巧く生きるっていうのは上みたいな感じかな。

だから、昨日の話はちょっと誤解があるかもしれないなと思う。上みたいな意味では、僕はあんまり嫌なことはしてこなかったように思う。嫌なことでもネタになっているような。

でも当然僕はまだ巧くはやっぱり生きてはいない。

「好きを貫く」と「飯を食う」の接点を追い続け、したたかにしなやかに「好きを貫く」。

このことはみんなそれを求めているでしょ?
こういえば巧く生きたくないやつなんていないはずなんです。